[035] get got got



 コンタクト使用者にとって、A.Tをはくとき、ゴーグルを忘れるということは死を意味する。それは、コンタクトが僅かな風圧にも耐えきれからだ。そして案の定、俺の視界は一瞬にして使いものにならなくなった。咄嗟に痛みを発した目と、頭を腕で覆う。




「う、わ…っ!」
「っ!?」




 足元の微妙な段差におもいっきり足を取られ、そのまま上体が傾く。前を走っていたスピットが、俺の普通じゃない呟きと、ズザザっていうヒドい音を聞いて、慌て引き返してきた。
 ああ…、コケるのなんていつぶりだろうか…。案外、痛い…。情けなさすぎて、泣きたい。




「っ、いって…。」
「あーあ、ずいぶん勢いよくいったね。」




 スピードがついていた分、衝撃も半端じゃない。軽く5メートルくらい転がって、ガードレールにぶつかってやっと止まった。思いっきりぶつけた頭を強くおさえる。痛い、マジで痛い。背中がどんどん丸まっていく。痛い、ほんっとに痛い…。腕や足は服で多少は大丈夫かもしれないが、今の衝撃だったら中で擦り傷くらいにはなってるかもしれない。ほんとについてない…。
 コンタクトの痛みっていうのは、なめちゃいけない。つけてる人じゃないと分からない痛みだけど、ズレたりゴロゴロしたりすると、反射的に瞼が閉じるから、冗談抜きで前が見えなくなる。それにしても、ここまで綺麗に転んだのはホントに久しぶりだった。思わず受け身が取れなくて頭しかカバーできなかった。痛みに呻く俺に、近くに来たスピットが呆れ呆気味の目線を送る。




「珍しくゴーグルがないと思ったら、もしかして忘れたのかい?」
「そんな、時間なかった。」




 そう睨めば彼は、そうだっけ?とスピットは白々しく笑いやがった。
 家で読書していたところ、いきなり彼がやって来て、中で燻ってるのは健康に悪い…みたいな、取ってつけたかのような理由でまくし立て、俺はあっという間に外にいた。まったく、彼のこういう子供っぽい強引なところは、いつかなおるのだろうか…。スピットの場合は、なんだか一生このままな気がしてならない。
 身体中がかなり痛かったけど、立ち上がれないほどじゃない。いつまでも寝ていられないから、まずは体を起こす。




「だいたい何で俺、お前のためにここまでしなきゃなんねーんだよ…。」
「ついて来たのはの方じゃないか。」
「連れ出したのはどこのどいつだよ…。」




 溜め息と共にそう言えば、彼はおかしそうに笑みを零した。それはまるで、遠回しに自己責任でしょ?と言われているようで、うわぁ、もうだからやり場がないんだよ…。スピットについて出てくるところ、俺も俺、ということだ。
 手を伸ばして、スピットに補助を頼めば、彼は笑みを深くして、でもしっかり握り返してくれた。ギュッと掴めば、彼の手が記憶の中にあったそれよりも、幾分か小さくなっているような気がした。
 そういえば、彼の手を握るのは、いつぶりだろうか…。




「なんだか、とこうするの久しぶりだね…。昔は君も、よく転んだ。それにだいぶ手、大きくなったんだね。昔は身長だって、僕のここぐらいしかなかったのに…。」
「いつの話だよ、…らしくもない。」




 手が小さく感じたのは、単純に俺が大きくなったからだったのか…。俺は、適当な高さで手を翳している彼をジト目で睨む。感慨、なんて…らしくもない。スピットの今の感じは、漠然と俺に嫌なものを連想させた。
 こんな関係はいつまでもつものじゃない。俺もスピットも、もうA.Tをやっているだけの子供ではなくなった。彼と俺は、これがなければ出会わなかっただけの存在だっただろうけれど、今は離れてしまうのが酷く恐ろしかった。それでもきっと「今」はすぐに、思い出に、変わってしまうのだろう。俺は浮かんだ思いを振り払うように、ジーンズの汚れを払った。






(081025)