[036] give gave given



 季節は冬。辺り一帯が薄っすら銀色に染まった今日この頃、俺は菊の家に遊びに来ていた。平屋の、純日本家屋の彼の家には立派な庭があって、俺はそれを縁側から眺めるのが好きだった。座って足をブラブラさせ、俺は空を眺める。あいにく空はどんよりしていたけど、この国にしては雪がはらはら降っていて、珍しいと思った。




「ゆーきやコンコン…、霰やコンコン。…降っても、降っても、…あれ?…次何だったっけ…?」




 昔、子どもたちがそう歌い騒いで、遊んでいた記憶があるけど、さあ…この歌の続きは、いったい何だったか…。最近聞かないから、抜け落ちてしまった。うんうん悩んでいると、後ろでくすりくすりと笑い声。いつの間にいたのか、この家の主、本田 菊が、彼に似合う和装の袖を口元に当てて、いかにも彼らしく笑っていた。




「降っても降っても、ずんずん積もる…ですよ、さん」
「ああ、そうだった。そうだったね…やっぱり菊は、何でも知ってる」




 菊は苦笑しながら、俺の隣にしゃがみ込んだ。膝を抱えたその姿勢は、ちょっとだけ寒そうに見えたけれど、そうさせているのが他でもない自分なので、なんだか変な気分だ。和服だし、裸足でこの廊下は辛いものがあるだろうに…。




「知ってるも、なにも…日本の童謡です。知らない方が私にとっては可笑しいですよ。雪が降った日の定番ですし」




 さあ…ですから、早く部屋の中に戻りましょう、さん。このままここにいては、風邪をひいてしまうかもしれませんよ?そう言って、彼は下から窺うようにように目線を俺に向けて、立つように促したけど、俺はそんな彼を見上げた後に、視線を上空に移しただけだった。
 静かな世界で、白色が宙を舞う。雪だ、雪が降ってるんだ。菊の家は今、冬…真っ只中なんだ。だから寒いのは当然で、北国ほどではないけれど、ここだって油断をしていれば、間違いなく病人の仲間入りだ。それが分かっているのに、けれど俺は心配してくれる彼を無視して、綺麗だね。なんて、間の抜けた返事をした。




「なあ、菊?この時期にしか見られないから、雪ってこんなに綺麗なんかな…。それとも菊のところの雪だからそう見えるんかな?」




 自分でも分かるくらい意味不明だと思える俺の言葉に、彼はちょっと溜め息をついたようだった。日本人っていうのは、感情を表にあまり出さない人が多いけど、菊はいったいどうなのだろう…。今の彼の内心は、どうなっているのだろうか…。さきほどの溜め息の意味は?俺は少し、考える。けれど当たり前のように、彼が何を考えているのか、俺には分からない。分かるワケがない。だって俺は、菊ではないのだから…。
 やがて彼は、俺と同じように上空に視線をやった。




「さあ…私はあまり、自国以外での雪に触れられませんからね。比べてみたことはありませんが、きっとどこの雪も綺麗ですよ」
「……うん、…そうだね。雪は綺麗だ。北国の雪もな、スゴく綺麗だ…」




 真っ白な、銀世界。この世に、自分ひとりしかいないかのような錯覚に陥る…そんな感じ。ひとり、たったひとり。今、俺は、何故だか…そんな気分。菊が隣にいるのに、何故だか…そう思ってしまう。違う、分かっている。…それはずっと昔の話だ。彼らが生まれるずっと、ずっと前のことだ。俺の視界は永遠の白、一色だった。無音…無音の一生このままだと、そう思えてならない、銀世界だった、あの頃…。




「何か、あったのですか?」




 覗き込んでくる瞳に、けれど言葉に相当する心配の色は浮かんでいなくて、俺はちょっと笑いながらそれに答えた。




「さあ…、何かあったのかもね。俺にも、よく分からないけれど、菊は今、俺がどう見える?」
「、…それは難しい質問ですよ」




 俺は菊の顔を見る。彼は視線を俺に向け、一度チラリと雪空を見て、また俺を見上げた。その顔は笑っていた。まるで、子供と一緒にいるときの菊の表情だった。おじいちゃんが持っている、深い包容力が滲む表情だった。そうだろうな、うん…そうだ。今の俺は、まるで子どもだ。なんだか急に、心が晴れた。彼はそのまま、話しだす。




「心配しなくても、私はあなたの隣にいますよ。ちゃんとあなたの隣にいます。何も恐れることはありません。私たちは、あなたが思っているほど、薄情ではないし、短い付き合いでもないですよ」
「ふは…。すごいな菊、エスパーみたいだ」
「伊達に長く生きていませんよ」
「…そうだね、そうだな」




 数秒、空白が流れ、俺には今度ははっきりニカリと、笑みが浮かんだ。ああ、俺はいったい、何を、不安に思っていたのか…。




「寒い、ごめん、中に入ろうっか。炬燵はあったかい?」
「…もちろん。みかんもちゃんと用意してありますよ」
「マジ?やった」






(091024)