[049] leave left left



 季節は、冬に差し掛かろうとしていた。俺は寒さの見え隠れする、ロシアの港を眺める。そして隣にはいつの間にいたのか、当たり前のようにイヴァンが立っていて、ねえ君。と俺に声をかけてきた。俺はん?と返事をする。




「また冬が来るね」
「ああ、そうだね」
「当分の間は君にも会えないや」
「そうだな…。でも、まあ…暖かくなったら、また迎えてくれよ」




 穏やかさそのもののイヴァンの言葉に、俺はふと、現代のロシアにとっての不凍港とは、そういえばどういった位置付けをされているんだろうかと思考する。昔であれば、勿論あるにこしたことはないけれど、それでも造船技術は日々進化しており、人々はほとんどどこへだって行けるようになった。俺がいなければ海外にも行けなかった時代は、人の歴史の上ではもう遥か昔の話で、それになんだか少し…寂しいかったりするけれども、はたして今のイヴァンは、凍っていく俺を見て、何を思っているのだろうか…。




「ねえ、抱きしめてもいい?」
「…もちろん」




 体をイヴァンの方に向けると、彼は両手を広げて包み込んでくれた。いつものマフラーが頬を優しく擦って、一番暖かいコートはまだ時期じゃないから着ていないけれど、それもきっと時間の問題だろう。あーあ、俺も一度くらい、真冬のロシアを見てみたい。いつも冬になると、どこもかしこも氷って動けなくなって、意識もなくなるんだけど、いつか見られる日がきたら、モコモコだーって、あの帽子を俺が被ってやるんだ。
 ……。
 …でも、分かってる。そんなのは一生、来ない。むしろ、一生、起こってはいけないこと。何故ならそれは、異常気象を、示しているから。俺は彼のコートに顔を埋める。近い…、そろそろだ。真冬のロシアで、俺は存在し続けていられない。それは凍ってしまうから、どこもかしこもカチンコチンに。だから意識が保てない。保てないから、イヴァンに会うこともできない。冬が来ると、俺の意識は途切れてしまう。消えてしまう。途切れた後の体が、いったいどういう風になっているのか。意識がないのだから、俺には知る由もないけれど、暖かくなって、春が来て、俺の意識が目覚めるときは、いつもイヴァンが近くにいて、俺は彼のベッドに横になっていることが多かったから、肉体は残っているということだろう。冬眠に似た現象なのかもしれない。自分のことながら少し、これは面白い。そして勿論、これは彼に限った話ではなくて、冬に海が凍ってしまう国に、海である俺は、会うことができない。起きるときも、ロシアであったり、他の高緯度の…例えばノルウェーで起きるときもあるし、それにロシアの中でも、凍らない港は当たり前だが在るけれど、それでも、暫くの間は、お別れである。




「ときどき、君がすごく愛おしく感じるときがあるんだ。何でかな…」
「人は当たり前のものを見失いがちだからな。きっと大した理由じゃないよ」
「氷が溶けるまで、暫くはお別れだね」
「そうだなぁ、でも会いにきてくれよ。南半球は、これからが俺の出番なんだから」




 お決まりの言葉を交し合って、イヴァンの背中を回る腕が、さらに強く俺を抱きしめた。俺はそれに答えるように、彼の肩にぐりぐり額を押し付ける。そうしてやがて、冷たさがじわりじわりと末端から、中心部へ。ほら、来た。冬将軍のお出ましだ。正比例、俺の意識も体も次第にあやふやになっていき、そういえば…ここでの俺の意識は途切れるけれど、凍っていない場所で俺の意識は残っているから、完全な消滅はしないわけだけど、この辺りの「」という存在は、いったいどういう風にできているのだろうか。考えてみれば、同時に二つ以上の場所で存在することも、俺には可能だった。海、だからな。自分自身にも、その辺は曖昧で、深く追求したことはないけれど、何だかまるで、菊のところの「忍法」みたいだと思っ…、
 ―――――




「…………うん。うん、会いに行くよ、…君。だから次こそは、ちゃんとおやすみって、言わせてね…」






(091129)