[054] lose lost lost



 たまたまだった。街を、いつものようにぶらぶら歩いていたら、たまたまギルベルトに会った。それでいつの間にか俺ん家に来ないか?って話になって、特に断る理由もなかったから、俺はベルリンまで、彼にふらふらついて行った。家に着いたらソファに座るよう示されて、ギルベルトは缶ビールを2本持って俺の隣にどかりと座った。1本を俺の前のテーブルに置いて、彼は何も言わずプシュリと飲み始める。ソファに深々と背中を預けて、それでちびりちびり飲んでいるその体勢は、なんだか不貞腐れているように思えて、俺は知らず、笑っしまった。というか、いきなりビールかよ、お前…。呆れを通り越して、なんだか可愛い。




「人を拉致ったかと思えば、ひとりでやけ酒か?こんな時間からそんな飲み方して…弟くんはどうしたんだ?」




 ギルベルトは一瞬、瞳を不機嫌そうに光らせたけれど、すぐに反らしてぼそりと会社だ、と呟いた。




「それと、勘違いしてんな。俺はを拉致った覚えはないぜ。テメぇが勝手に着いて来たんだ」
「なーんか、ひどい言い種だなぁ。一応、家に来ないかって誘われた自覚はあったんだけど…?」
「じゃあお互い様だ」




 ギルベルトは間髪を容れずにそう答えて、今度はぐいっと缶を煽った。俺は暫く、そんな彼の飲む姿を眺めて、同じように深々と背を後ろに沈めた。なんだなんだ?今日はとことん、そういう気分なのか?俺は思ったことをぼろぼろ呟いてみる。




「ひとり楽しすぎて、寂しくなった?」
「………」
「やることがなくて、退屈?」
「………」
「それとももしかして、平穏すぎて不安だったり?」
「ビール」
「…ん?」
「せっかく持って来てやったのに、温くなんぞ」
「ああ…、はは。…そうだな」




 言われて、やっと俺は目の前の缶に身を乗り出して手を伸ばす。触れた缶は既に結露が始まっていたらしく、指が僅かに濡れた。と、不意にギルベルトが俺の髪に触れてきて、ゆるゆると弄りだした。




「髪…こんなに長かったか?」
「ん?んー、そういやちょっとは伸びたかもね。似合う?」
「別に」




 会話を続ける気は、どうやら彼には毛頭ないらしい。けれどギルベルトの手は止まらなくて、今度はこんな色してたか?と問うてきた。俺はそれにまたちょっと笑ってしまいながらも、いやぁ…ちょっとは薄くなっちゃったかな。なんて答える。彼はふーんと素っ気ない返事で、また暫く時計の針の動く音とギルベルトが髪を弄る感覚だけが俺の五感を支配した。
 別に、こういう雰囲気は苦手じゃない。そもそも、俺にとってはしょっちゅう感じる空気だ。今はたまたまギルベルトなだけであって、こういう風に接してくるのは、彼に限った話ではない。それこそアルフレッドやフェリシアーノでさえ、ときどきこうやって…まるで割れ物に触るかのように…俺に触れてくるときがあった。別に、こういう雰囲気は苦手じゃない。嫌いじゃ、ない。
 と、また不意にギルベルトが行動を起こした。驚くべきことに、俺の肩に手を回したかと思えば強い力で抱き寄せられてしまっていた。必然、俺の頭はギルベルトの肩に乗っかっていて、そして彼は両手で俺の頭を包み込むようにしてぐしゃぐしゃとかき混ぜている。
 俺はすごくおかしな構図に思えて、また、笑った。




「なんだー?今日はやけにスキンシップ激しいんだね。酔っ払ったのか?」
「缶ビール如きでこの俺様が酔うかよ」




 抱き込まれているので、彼の表情が窺えない。淡々と言って、俺の髪に顔を寄せる。何を、しているのかさっぱりだったけど、別段、警戒する必要もなさそうなので、俺はずっと、されるがまま。いや、警戒したとしても、きっと俺はされるがまま…。




「今まで真剣に見たことなかったから分からなかったが、の髪ってこんな風になってたんだな…」
「目の色はもっと違うよ。場所によって変わるんだ。まあだいたい、青色だけど」
「そうなのか?知らなかったな、いろいろ、…あったのか。もっと前から、のこと、見てればよかったな」




 何でもない風に言われたけれど、ギルベルトの口から出るにしてはあんまりな台詞だったので、俺はまた笑った。




「っ、何だよ…急に。俺はいつだって俺だろ?」
「でも、昔の方がもっときれいだった気がする」
「生きているんだから当たり前さ。ギルベルトにだって、変化はあったじゃないか」
「それはいんだよ、俺の意志だ。なあ、…のこの変化は、俺達の所為か?」
「…あ?」




 彼の表情は、見えない。見えない、から分からない。俺は、彼がどうしてそんなことを言うのか、思って無性に、もどかしくなった。




「俺達の所為で、こうなったのか…?」




 耳に入った直後、反射的に俺は強く、ギルベルトの肩に頭を押し付ける。なぜだか、彼が泣いているような錯覚に陥ったから。実際にはもちろん泣いてはいないことは彼の性格と口調から分かっているけれど、けれども、でもなんだかやっぱり…おかしくて。俺は今度は、誤魔化すみたいに笑みを浮かべた。




「…柄にもないこといってる自覚はあるが、そうやって何度も何度も笑うなよ」
「ご、ごめん。でもあんまりギルがかわいいこと言ってるから、つい」




 俺は今まで零れなかったのが奇跡だった缶ビールを、やっとテーブルの上に戻して、空いた両手をギルベルトの背中に回した。回してみると、当たり前だが彼の方がデカくて、まったく…なんてこった。強く抱きしめて、頭を犬がするようにうりうり彼の胸に押し付ける。すると、彼の腕が背中に移動して、そうやって緩く、抱きしめられる感覚。




「そうだな、そうとも…言えるかもしれない。でもまあ、もしも本当にそうだったとしても、それもひとつの運命だし。ほんと…平和になってくれてよかったよ。じゃなかったら、こうやってギルベルトに心配されることも、なかった」




 まあ、今さらってのも…多少はあるけど。言ってまた、笑う。平和になって、やっと自然にも目が向くようになったワケだ。そう、…やっと、やっと俺にも…。
 ぐしゃり、ギルベルトが俺の服を握り締めた。




「っ、ふはは。でもまさか、ギルベルトにもそんなことを言われる日が来るなんてな…。ついこの間まで経済的に寝込んでたやつだったってのに…。そんなにひどいのか?今の俺は」
「、ああ…ひどいぜ。せっかくの髪が傷んでる。パサパサだ。触っててもなんも面白くねー。つか、俺にもって…他に誰に言われたんだ?」
「日本だよ。ホントに…あいつもギルも、俺のこと好きすぎだろ?別に泣かなくたっていいのに…」
「…泣いてねーよ」
「ふは、せっかくだから…そういうことにしといてやる」






(091031)