[066] run ran run
空を眺めていた。ビルの屋上、誰も来ないようなそんな場所にしゃがみ込んで、高層ビルが立ち並び、狭くなった都会の空を眺めていた。光化学スモッグに覆われて、見えなくなった星たち。俺はそれらを見て、思いっきり息を吐き出した。
「あれ?じゃないか。」
ガツンと言う硬質な音がして、隣に見慣れた長身が降り立った。スピット・ファイア、腐れ縁。
「珍しいじゃないか。学生さんが、こんな時期、こんな時間にどうしたの?」
「…息抜き。いつまでも机に向かってられるか。」
彼の方に、投げやりにそう返せば、やっぱりといった風にクスリと笑われた。季節は夏休みの過ぎた秋。学生限定の時期で言うならば、そろそろ中間考査の時期だ。
大体、どうしてお前は、俺がひとりになりたい時に限って現れるんだ…。
「懐かしいな…。そういえば、そろそろだっけ?」
「テストがか?」
「うん、そう。」
思わず彼の方を向けば、本当に懐かしいらしく、目を細めてどこか遠くを見つめていた。
「…僕は、あまり良い成績は取れなかった。」
「まさか、お前に限ってそれはないだろ…?」
スピットからは、何だかよく分からないけれど、とりあえず「只者じゃない」オーラを感じる。俺のそういう直感は結構当たるから、多分、頭はいいんだろうな…。と思っていたんだけど…。
俺の驚いた表情に、「本当だよ」と繰り返して、隣に腰掛けた。
「その頃から、こいつにハマってたからね…。」
そう言って、自分の穿いているA.Tを軽く叩いた。
「だから、が少し羨ましい。君は、どちらかと言えば頭、いいんだろう…?」
「…まあ、な。」
自画自賛なわけじゃなくて、統計的に俺はそれなりに「良い成績」を残せていた。なんせ、指定校推薦を目指しているから。大学には行きたいけれど、A.Tは止められない。だから、一般試験は、時期が長いから受けられない。それに、どう考えたって、一般で行くよりも、推薦で行く方が、効率もいいし、安定していると思う。そこまで考えて、もう一度、息を思いっきり吐き出した。
なんだか全てがくだらなくなってきた。
「スピット。」
「ん?なんだい?」
「足、鈍って来た。」
立ち上がる。彼も立ち上がった。並ぶと嫌でも彼の長身が目につく。いつか絶対追い越してやる。
「久しぶりに?」
「リハビリ程度に。」
繰り返されたいつもの会話。主語なんて要らなくて、俺たちにとっては、これだけで通じる。
まあ、要は、足の感覚が戻ればいいだけだから、ただ単に子供みたいな表現でいう「競争」を、今からやりだけなんだけど…。
「合図は?」
「任せる。」
「それじゃあ、あのビルの赤い光が5回点滅したらスタートしよう。」
「ああ。」
目の前の高いビル。その頂上に光る赤い照明。俺は、ストッパーを外す。
「それじゃあ、ゴールもあの赤い光にしよう。」
「了解。」
1回目の点滅、息を大きく吸い込み。2回、冷たい空気を肺に送り、脳に送り。3回、神経を研ぎ澄ます。4回、しゃがみ込み。
次の瞬間。俺たちは宙を舞っていた。
「スピット。」
「ん?」
試合後、どちらも全く息は乱れていなかったけど、流れ的に屋上のコンクリートの上で大の字になっていた。
「サンキュ」
それは何に対してか、自分でもよく分からなかった。でも、彼はどういたしましてと返して、半身を上げて、俺を見て。
「僕は、君のお兄さんみたいな存在だからね。」
その言葉と、彼の笑顔が眩しくて、「バーカ」と返して、俺も笑った。