[091] teach taught taught
「ねえ、には…夢ってあるの?」
唐突なイヴァンの言葉に俺は刹那、動きを止める。今日は久しぶりに、彼の家に招待されていた。テーブルに座って、トーリスの淹れてくれたフレーバーティーを一緒に飲む。イヴァンの家の、バルコニー。この間まで少しごたごたしていて、俺に会えなかったしで、これは彼にとって、ちょっとした気分転換も兼ねているらしい。
イヴァンの問いを、俺は頭の中でくるくると回す。
「僕にはあるよ。みんなが笑っていて、すごく暖かいんだ」
あとは向日葵も欲しいかな。彼はいつもどおりの微笑で、そう言った。それは、至って彼らしい夢。とても暖かい夢。寒い、寒い北国だから、暖かさというものがどれほど大切なものか、身をもって知っている。とても、彼らしい夢だと、そう思った。…では、自分はどうだろうか…。自分の夢とはいったい何だろうか。彼の質問には未だ答えず、俺は紅茶を少し飲んだ。フワリと甘さが広がる。うん…さすがトーリス。
「君にはあるの?あったら、教えて欲しいなあ」
「えー、…うーん。そうだなあー」
そもそも、自分という存在は何なのだろうか…。海である己とは、いったいどうして、存在しているのだろうか。国、ならば…それは国民の体現だろう。現にイヴァンは、「ロシア」であり、トーリスは「リトアニア」である。では、自分は?海の俺は、いったい何で、形成されている…?
いや、…少し、考えすぎたな。
くるくる、質問が頭を巡り、カップの湯気も、くるくるたゆたう。
夢は…あるには、あるよ。でも、それはな…。
俺は、イヴァンと同じように微笑む。
「秘密、ということにしておこうかな」
俺の苦笑まじりの答えに、一瞬イヴァンは呆けた表情して次にぽこぽこ怒った。
「…えー、僕も言ったんだからも言おうよー」
「俺は教えるとも、教えてとも言っていないよ」
「それって屁理屈って言うんだよ。意地悪だなあ」
怒るイヴァンを、俺はそれとなく笑って受け流す。
あるよ、夢。立派なのが、ひとつね。でも、それは破滅の夢なんだ。破壊の夢なんだよ…。俺はね、イヴァン。「終了」を、望んでいるんだ。かなしみも、いたみも、よろこびすらも、全てを超越した向こう側へ、君たちを連れて行きたくてたまらないんだよ…。
俺はまた少し、カップを口につける。ああ、トーリスの淹れてくれた紅茶は美味しいな…。アーサーの淹れてくれたのも美味しいけど、これもすごく美味しい。彼が今どこにいるか分からないけど同じ家の中にいるのだから、きっと帰るときにはまた会えるだろう。そのときに「美味しかった」って伝えよう。
破滅、破壊、壊れていく世界。それは確かに、俺の夢。「海」ではない、「・」の夢。永くを見てきた、「俺」という個人の、ひとつの夢なんだ。俺はな、イヴァン。君たちを見ていると、どうしたってそう思ってしまうんだ。「人」になりきれず、なのに「人」に踊らされるしかない君たちを見ているとね、そう思えてしょうがないんだ。こんな理不尽な世界は、終わらせてしまうべきだと、そう思えて仕方がないんだよ。なあ、イヴァン。だから君には、君たちには。
俺の夢は教えられない。
もう一度、ゆっくり紅茶を飲む。身体を暖かな熱が、ゆっくりと包んでいく。けれど頭の、芯のような部分に、その熱は届いてくれなかった。
世界なんか終わってしまえ。自分のことしか考えなられない奴はそうだ早く、滅んでしまえ。
(090615)