あれから、色々と考えてみたけれど、俺が今、ここにいる原因はどうしても、…まったくの不明だった。気付いたら居たとしか、俺には説明できない。ほんとに、いったい自分はどうなってしまったのか…。まるで長い夢でも見ているかのような気分だった。まあ、本物の夢なら、現状はもっと良かったんだが…。既にこれが夢ではないと諦めている俺にとって、このリアルはなかなかにシビアだ。まだ取り乱ししないことを褒めてほしい。無理な話だけど…。そうして俺は、ひとつ、溜め息を零した。3人で自己紹介じみたことをしたさっきから、随分と時間が過ぎた。そして今の俺は少しの間、することがないらしい。うろついても邪魔になるだけなので、元いた部屋に戻ってきている。でも、部屋に篭りっきりなのはさすがに退屈なので、縁側に出て庭を眺めている。久しぶりに、緩やかな時間の流れだ。もしも、今なんの怪奇現象もなく、俺がいつも通りの生活を送っているようなら、今頃は授業の予習に、資料と睨めっこしていることだろう。だったら、今のこのゆったりまったりを思う存分楽しもう。そうしないとなんとなく損だ。うん。
 そして蛇足。話し合いの結果として、当面の間、俺は「客人」としてこの家に置いてもらえることになった、らしい。ああ、なったらしい、じゃなくて「なった」か…。あまりそういう表現はしたくはない。気まずすぎて死にそうだ。ほんとに、心苦しくて仕方ないのだけれど、今この時代で頼れるのはこの2人だけなので、俺は下手なことは言えない。こんな異常事態に於いても、やはり自分の身は可愛いらしい。よく出来てるよ、まったく…。自嘲気味に笑んで、不意に視線が空に移った。今ではもう太陽は沈み、空は月の支配下に。故に、星がはっきり見えた。今では望めないような、満天の、星空…。
 ああ、本当に…ほんとに俺は。




「あんた、さっきからずっとそこで何してるんだ?」
「ギンコ、さん…。」




 しまった、考え事に夢中で気付かなかった…。声を掛けられてから見上げれば、緑色と目がが合った。一瞬だけ名前が浮かばなかったが、良かったちゃんと思い出せた…。ギンコさんは腕を組んで、座り込んでずっと同じ体勢だった俺を、質問通り訝しく思ったのだろう、探るような目をこちらに向けてくる。




「蟲を見てるにしても、さすがに見すぎだろう。何か面白れーモンでもあんのか?」
「ああ、いや別に…蟲を見てるワケじゃないです。ただ星が、綺麗だなって…。」
「…、星?」




 ギンコさんが俺の視線を追って、視線をを空に投げる。見上げた空は、満天の星空で、こんな景色、プラネタリウムくらいでしか見たことない。でも、そうか蟲か…。あんまり気にしかなったな…。逆に、この時代にとって星なんて、これが当たり前だものな…。




「…こんなにたくさんの星、初めて見ました。」
「そうか?…俺にはいつもと同じようにしか見えんのだが…。お前さん、さっきも聞いたがいったいどこから来たんだ?」




 どこから?どこから、か…。それは、存在していたが、今のこの世界にあるワケがないところだ。まあ、でも…遠くなことに変わりはないか…。
 さっきはも、そう曖昧に返した。俺にだって分からないことを、他者にどうやって伝えればいい。それに、それについては俺の方が知りたい。




「だからずっと遠く、ですよ…。」
「さっぱり理解できないな…。じゃあどうして、あの山で倒れてたんだ?」
「さあ、どうしてでしょう…。俺にも分からないんですよ。」




 ええ、もうそりゃホントに。自分だってちんぷんかんぷん。それが分かれば、苦労はしません。分からないからこそ、俺は何もできないだ。
 息苦しさに、俺は視線を空から落とした。庭の小石と土と、自分の裸足が見えた。




「あー…、冗談じゃなく、記憶喪失なんだな…、は。」
「そういうことですね、たぶん。前例がないので、上手くは言えませんが。」




 厳密に言えば違うけれど、今はそういうことにしておいている。だから、「客人」というポジションは、いささか居辛いところではあるが、実際問題、俺は何も分からないのだし、それに事実を話したところで、信じてもらえるワケはない。異世界から来たなんて、誰が信じるか。頭が可笑しくなってると思われて、それで終わりだ。それならば、「何も知りません」で通した方が都合がいい。現に、今、苦労はしていない…、自分が嫌になるくらいに。
 故郷のことは、もちろん覚えている。俺が育った、育てられた町。忘れられるワケがない。通っていた学校、気まぐれなお店の主人。マンションの前に植わっている大きな松の木。掃除のおばさんに、地元の友人たち。
 あと、は…家族、と呼べる存在。思い出して、ちょっとだけ自嘲の笑み。まったく、自分はとても、無力な存在だ。世界の秩序から外された瞬間、こんなにも無為の存外になってしまうなんて…。ほんとに、冗談じゃない。けれどこれが現実で、覆せない真実。




「、厄介事は嫌いなんだがな…。助けちまった手前、俺も最後まで責任は果たすが、これからはどうするつもりなんだ?」
「探さないといけないんだと思います、…記憶、とかその他諸々を。」




 もしかしたら一生このままここにいるかもしれないし、多分死んだからと言っても、元いた世界には帰れないと思う…。でも何もしないよりかは、まだマシだと思う。普通、こういう場合は、来られたんなら帰れるはずだ。何か条件があるはずなんだ。
 来られたんだから、道は…、ある。そう、絶対に。帰り道は、どこかに必ず、あるはずだ。俺はもう一度、空を見上げた。でも、星が数えきれないくらいあって、どうしても自分は、まだ長い夢を見ているような気分だった。






(090420)