[037] go went gone



 最近、教室でひとりボォーッとすることが多くなった。それは授業がないからとか、サボりたいからだとか、暇だからとか、そんな理由じゃなくて、ただ…自然ひとりになっていた。みたいな…。自分でもよく分からないけど、とにかく、今もひとりなんだからどうしようもない。
 季節は春先。桜は散ってしまったが、他の花が咲き乱れるには少し早い。そんな季節。日はだんだんと長くなり、暖かくなり、それでも少し肌寒い。そんな季節。俺は3年Z組の自分の席で、窓の外の高層ビル群を、わけもなく眺めていた。1限目が始まるまで、まだ少しあった。




「暇だとは思ったことないけど、この時間の俺って結構鬱気味だよな…。」




 肘を突いて顎を乗せる。昨日はうっかり遅くまで起きてしまっていたけど、何故だかこの状況で睡魔は現れない。3,4限辺りになると猛攻撃を仕掛けてくるくせに理不尽だ。
 口から出た呟きは、しかし誰にも訊かれることなく、自分以外無人の教室に少し留まり消えていった。
 最近は部活にもあまり顔を出せていない。なんとなく、お呼びじゃない雰囲気。自分も2年のときはいきなり先輩が来なくなって、結構腹が立ったけど、そのくせやりやすくもあって、なんだかんだ言って、先輩という存在は、目の上のたんこぶみたいなものらしい。




「あー…、進学か…。」




 高校3年生、受験。もちろん、このZ組も例外じゃない。まあ、他のクラスに比べると、就職の割合が多いのはある意味、仕方のない話だけど…。とりあえず俺は、進学、するつもり…。どこに行くかは決めていない。候補は挙がっているが、まだ決定打は打たれていない。




「トシ…、就職だっけか…。確か、公務員。」




 もちろん、彼に加え総悟や近藤さんも。っていうか、現剣道部と風紀委員の皆様すべて。なんでなんだろうな、とは思うけれど、なんとなくそんな気もした。という気持ちもあって、複雑。
 足が痺れてきた、少しだけ体勢を変える。
 卒業したら、俺たちはどうなるんだろう…。も、また違う学校になる。今、銀魂高校で一緒にいられるのは、それこそ奇跡で、来年も同じ場所に通うのは、ほぼ不可能。神様は少し意地悪だと思った。中学、高校、6年間もずっと一緒だった。別れるときは、そうとう、辛いんだろうな…。3年間だけだったら、こんなに辛くはならなかったのかもしれない…。まあ、こんなこと考えても意味のないことなのだけれど…。




「卒業…、卒業か…。」




 立てていた肘はそのままに、顔は机にダイブする。右頬に机の妙にひんやりした感触が伝わる。悲しいな…。あと、半年と少ししかない。思い出作りとは、あまり考えたくないけれど、この1年間はみんなとどっか遊びに行きまくりたい。




「プールとかは勘弁だけどな…。」
「プール?何いきなり言ってんだ、お前…。」
「わぇ?!トシぃ…っ?い、いつきたの…?」




 わぁー…。ヤバい、ヤバすぎる…っ!独り言訊かれた…。
 突っ伏していた顔を上げて、後ろに目を向ければ、不思議そうな目をした彼がいた。そういえば、剣道部の朝練も、この前からなくなったって言ってたな…。だから、こんな時間にここにいるのか…。別にそれは迷惑じゃないんだけど、なんだかやっぱり、複雑。
 彼は鞄を机に掛けて、携帯をチェックしながら、




「いつって、さっき。」
「ああ、…さっき。」




 パチリ、閉じる音。少しの沈黙、ちょっと気まずい。しょうがないっちゃ、しょうがない。どうしろってんだ、こんな状況…っ。あんまりだ!




「それで、プールがどうした?」
「え?プール?」
「お前今、「プールだけは勘弁だ」って言っただろ?」




 あー、うん。咄嗟に、この意味不明な言葉しか口から出なかった。返答を求めたつもりじゃなかったから、こうガチで訊かれるとなんて答えればいいのか分からない。ここは、「なんでもない」と流すべきなんだろうか…。それとも、「ホラ、俺って焼けると後が酷いじゃん?」と、尤もなことを言うべきなのか…。コンマの世界で悩んだけれど、反射的に口から出ていたのは、




「や、今の実は独り言。気にしないで。」




 あ、うっかり「独り言」って言っちゃってんじゃん…。これ、絶対痛い子って思われる…。目が彼から離れて、黒板に移った。逃げ。っていうか、俺が「痛い子」なのは、もしょっちゅう連呼してるわけだし、「んなこと、今に始まったことじゃねーじゃねーか。」って思われてるのかもしれないけど…。




「…なんだ、独り言か…。」
「ん、独り言。」
「…。」
「…。」




 再び沈黙、彼の持ち物が鞄と机を行き来する音だけが響く。さっき神様は意地悪だって思ったのが原因なんだろうか、かなり泣きたい気分…。
 痛すぎるよ、この沈黙…っ。




「、今度」
「ん?」
「今度、また、どこか行こう。」




 いきなりの彼の言葉。泳いでいた視線が彼に戻る。鞄から机に教科書やノートを入れ替えてる姿が目に入った。俺のことは見ていないけれど、確実に俺の返事を待っていて、なんだか少し、笑ってしまった。
 なんでもないように振舞っているけれど、もしかすると彼も…、




「…そうだね、どっか行こっか。また、6人で、カラオケとか。」




 1限目が始まるまで、まだ少しあった。