[079] sink sank sunk



「あれ?まだ、帰ってなかったんだ。」




 3Zの教室に入ると、見知った黒髪が外を眺めていた。俺は、そいつの前を通り過ぎて、楽譜が入ったクリアファイルを自分の机の上に置いた。吹奏楽部で使ってるファイルは、持ち帰るのが面倒だから、いつもこうやって置いて帰っている。




「剣道部は、もういいのか?土方。」




 自分の椅子に腰掛けていた彼は、窓に向けていた目を俺に移した。




「いや、…まだだ。総悟の奴が抜け出して、今探してた。」
「探してた…って、ここで?」




 そういえば、まだ彼は胴着のままだ、なんていまさら考えながら、俺は土方が見ていた窓の向こうを見た。僅かばかりのグランドと正門と橙に染まる空が見えるだけで、とても人を探すのには向いていないと思うんだけど…。
 彼に視線を戻せば、緩く首を振って、その首をまた窓に向けた。




「あいつのよく来る場所なんだ、この教室は…。」




 あいつ、なんだかんだ言って、このクラスが好きだから。
 つまりは待ち伏せなワケですか。彼にしてはやり方が微妙だと思ったけれど、そうでもしないと総悟は捕まえられないのだろう。
 でも、にしては…、彼の纏う空気は少々、憂鬱そうだ。待ち伏せにしては、心ここに在らず。




「だからいつも、あいつが逃げたときは、ここか屋上で張ってんだ。」
「へー、そうだったんだ。」




 同じように、再び視界がオレンジ色に照らされる。
 …彼は、総悟を待っている間、いったい何を考えていたのだろうか…。総悟は、何を思って、剣道部を抜け出したりなんてするのだろうか…。
 それは本人たちにしか、分からないことだけど、少しだけやるせない思いを感じた。




「日、長くなったね。」
「…そうだな。」




 沈んでいく夕日を見ながら、俺はあと何回、この教室から、この空を眺められるのだろうか…。と無意味なことを考えた。
 いや、…意味は、あるのかもしれないけど、少なくとも不毛なことに、変わりないだろう…。