[082] slide slid slid
「。これ、流石にまずくねーかィ?」
「だよね…。ここまでくるとかなりヤバいよね…。」
先日降った雪はまだ、溶けていなかった。当然と言えば当然。いくら都心部で降雪量が少ないとは言え、そんな一日やそこいらで溶けきるはずがない。
あたしは今、総悟と並んで歩いてる。学校の帰り、最寄り駅までの道のり。道路には所々氷がはっていて、あたしも彼も、危なっかしい足取り。視線は足元に偏る。
「も、今日はチャリじゃなかったんだって。」
「当たり前でさァ。こんな中、自転車に乗るなんてよっぽどの馬鹿でィ。」
「でも、お蔭であいつ、あのデッカイ犬の世話に遅刻したんだってさ。」
その点で言うと、あたしかなりあいつのこと尊敬できる。だって、毎週月曜と水曜と木曜日に5時起きなんて無理だし。7時に登校なんて無理だし。第一、犬の世話なんて面倒くさいことやりたくないし。
…そう考えたら、あいつってかなりの物好きだよね…。
「あの犬って、確か「定春」って名前でしたよねィ…。あの犬の世話ってあいつがやってたんですかィ?」
「…まさか知らなかった?」
なんだ。知ってるもんだとばっかり思ってた。ビックリして彼を見たら、初耳でさァと言ったような視線とカチ合う。
「でも一人じゃないって。神楽ちゃんと一緒。」
「ああ、遅刻したって言ってやしたねィ、そう言えば。」
道に終わりが見えてきた。ここを左に曲がれば、ここら辺の学生にそれなりに嫌われている急勾配が見えてくる。岸坂。人の名前みたいだけど、それがこの坂の名前。ただの坂、どうしてこういう名前なのかは、あたしが知るわけがない。
「こんな道路の状態で、いつもどおりに登校するなんざ、常人のできることじゃねーや。」
「しかも神楽ちゃん、チャリだったんだって、今日。」
「はあぁあ?!」
語尾がのびて、ありえねェ…。と呟きがもれる。まあ、その気持ちも分からないでもない。あのが断念した自転車登校を達成させるなんて、ものすごいとしか言いようがない。
「ばけもんかよ…、あいつ…。」
「いいんじゃない。転んでもケロッとしてたし。流石に、足の捻挫は堪えたらしいけど…。」
「ああ、だからあいつ、今日歩き方が変だったの、かィいい?!?!」
「ええ??!!?!」
彼の声のトーンがいきなり変わった。普段の声質から一気に驚愕を含んだ色に。その後、ズルッて不自然な音がして、隣いたはずの彼はあたしの前をズルズル滑っていた。
ああ…、滑ったのか…。坂だし、急勾配だし…。何より道路、凍ってるし…。でも、この滑りっぷりはいくらなんでもないと思う…。
彼は数メートルも滑らなかった。いくら急勾配と言っても所詮はただの坂。そこまで綺麗に滑りきれるはずがない。でも、彼は仰向けの体勢のまま、暫く曇り空を見つめ、片腕を両目の上に乗せた。
「ああー…、駄目だ。俺もう生きていけねーや…。」
笑いを堪えながら、彼の隣にしゃがみ込んだ。
「しょうがないって。人間誰にも失敗はあるものだから。」
「とか言いつつ、あんた顔、緩んでますぜィ…。」
そういう笑い方されると、逆に傷つきまさァ…。そう言いながら、彼は立ち上がって制服に付いた雪を払う。まあまあ、あたしにしか見られてなかったってことで、良しとしない?そう答えてあたしも立ち上がる。
「だったらこれ、誰にも言わねーでくだせーよ。特に土方さんには。」
「分かってる、分かってる。うちらだけの秘密ね。」
今日は少し、運が悪かっただけだよ。あたしは総悟の肩をそう言って叩いた。